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このたび、このブログは終了することにいたしました。
遊びにいらしてくださったみなさまに、こころから感謝御礼申し上げます。

気まぐれで、また新しいブログを開設しましたので、
もし、よろしかったらのぞいてみてくださね


新しいブログ先です↓
まんまるおそら
ほほえみ
こんなほほえみに出会えたら、それだけでもういいね。
どんなことばを並べるよりも、ほほえみひとつ。
こんなほほえみ交わし合える世界がいいね
愛は寛容であり、愛は全きです。
全ての体験は、愛を知るためにあるものです。
深遠なる愛に触れるたび、過去の体験の光景が変わります。
愛とは神であり命です。
愛するとは、愛に触れ愛と共に生きること。
愛と共に生きるなら、その行為は全て愛する行為です。



「許せない」体験があって、「許す」意味を知ることができるのです。
「許せない」思いを嫌わずに、しっかりと受け止めてあげること。
「許せない」自分を許してあげることからです。
「許せない」裏を返せば「寛容」の力が備わっているという証しでもあるのです。
その思いに感謝できたとき、愛の意味、愛は寛容、その実感が深まります。
人は、どれだけの歳月がかかったとしても、必ず許す時を迎えます。
愛は命そのものだからです。

人は肉体の衣を替えて、たくさんの体験をしてきています。
この人生だけを見ると理不尽なことであっても、いくつもの人生をトータルすると、
その理不尽にもそれなりのわけがあったりすることもあるものです。

寛容とは、自分のありとある思いに蓋をせずに受け入れてあげること。
そのとき、おのずと人にも寛容になっているものです。

寛容はすべての体験の光景や、刻まれた魂の記憶すら消していく世界です。
あなたが幸せでありますように。
ありとあるいのちが、真の喜びに満たされますように。


人の幸せを祈れるから偉いということではありません。
ただ、他者のことを祈れたら溢れる愛の奇跡に出会えるだけのこと。
そして、その奇跡に出会うと祈らずにはいられなくなるだけのこと。
祈るほど愛の奇跡は溢れていきます。

あの人が幸せになったら、自分がおいてきぼりになる。
あの人が成功したら、自分が取り残される。
あの人ばかりうまくいって、私ばかりうまくいかないetc.
自分への不信感の裏返し。
比較や、ねたみなどはそんなものです。
(過去の記憶が理由のこともありますが、全ては「今」
 気づいた「今」を変えれば、過去の記憶も変わります)
それもまた、人間としてのひとつの体験にすぎません。
比較やねたみから幸せは生まれないことを知る体験。

比較やねたみ寂しさがあると人の幸せを祈りにくいものですが、
そこで幸せを祈ると比較やねたみや寂しさから解放されていくものです。
宇宙の立体的トリックです。

宇宙には一切の比較がありません。
「全てがひとつ」で「私」「あなた」「あの人」などの区別もありません。
「あの人が成功したら悔しい」「あの人が幸せになったらおいてきぼりになる」
「あの人ばかりうまくいって自分だけうまくいかない」
そういう思いを宇宙語で翻訳すると一人称も二人称もなく
「成功したら悔しい思いをする」「幸せになったらおいてきぼりになる」
「うまくいってもうまくいかない」
と訳されます。
無意識にそういう意識を持って生きていることになるのです。
すると、幸せになりたいと言いながら、
幸せを感じても無意識にブレーキをかけて寂しくさせるようにしたり、
成功したいと言いながら、
悔しい思いをさせないように成功にブレーキをかけたり、
うまくいっていてもうまくいっていると感じない、
そのような体験になるわけです。

他の存在の幸せを祈れば祈るほど幸せにあふれていく…
これも同じ原理です。
人を思えば人に思われます。神を思えば神に思われます。
宇宙を思えば宇宙に思われます。
愛を発信すれば、愛を実感するときがきます。
真の幸せを祈れば、祈りの中で生きていることを感じられます。
発信と受信は同じです。
愛する喜び、愛される喜び、こころの魔法の奇跡です。

ありとあるいのちの痛みが癒えて、真の喜びに満たされますように
あなたが幸せでありますように
何があっても静かなこころ
それが、こころの平安ということではありません。

喜怒哀楽、人間を味わうために与えられたあらゆる思い、
それらを味わえることを楽しめることがこころの平安というものです。

波風のない状態を平安だと思いがちですが、
まったく波風がない状態があるとするならば人間的に見れば死の状態だといえるでしょう


穏やかなこころをとらえ違えている人が多いようですが、
穏やかなこころとは喜怒哀楽ありとある思いを嫌がらずに、
抱きかかえられるこころのことなんですね。


『私は人生に後悔しないわ。
私に起こった良いことも、悪いことも、わたしにとっては同じことだから』
                              エディット・ピアフ



前向きとか、ポジティブとか…そんなことではなくて、
ひとつひとつ思いを受け入れ昇華していくうちに、
自分の体験に対し、良し悪しが消えていました。
全ては「この今」のためにあったただそれだけのこと…
『騙されるな』

人は何か一つくらい誇れるもの持っている
勉強が駄目だったら、運動がある
運動が駄目だったら、優しさがある
夢をもて、目的をもて、やれば出来る
こんな言葉に騙されるな、何も無くていいんだ
人は生まれて、生きて、死ぬ
これだけでたいしたもんだ

               ビートたけし



もし、人に役割があるとするならば、
その人の命をただまっとうするだけなんだ
自分の役割やら夢やらを探し求め続けて気づいたことでした
日々の営みにこそ奇跡が宿り、「ただある」だけで尊きことを。

植物は、腐ることなく立ち枯れる

8年の歳月と人生をかけて、無農薬のりんごを作った木村さんという方が言ったセリフです。
同じようなセリフをつい先日、耳にしました。
自然の中に宇宙を感じた画家が言っていたのですよね。
生きとし生けるいのちの響き。その響きを真理と呼ぶのでしょうね。
来る者には安らぎを 去る者には幸せを


ドイツのローテンブルグの城壁に書いてあることわざだそうです。
NHKの朝ドラで知りました。
そんな一期一会がいいな

想像力

想像力は、知識よりも大切だ。
知識には限界がある。
想像力は、世界を包み込む

        『アインシュタイン150の言葉』

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